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悪魔の囁き「ほんまやな、信じるからな、信じるからな」

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「お前に2・3日前にやってもらった仕事あったやろ、あれどこにやった?」

そう言えば僕は、2日前に1度だけ山本さんと少し会話したことがあった。僕が入社後、自習ばかりであまりにも退屈そうにしていたので、彼が僕に簡単な仕事を与えてくれた時だった。僕はマックのグラフィックソフトはそこそこ使えるので、その仕事を10分ほどで仕上げてプリントアウトした。
 あまりにも一瞬だったので、仕事をしたという気にはなっていなかった。確か、あの後、山本さんがプリンターのところに行き、その書類をチェックして何かの封筒に入れていた。僕は何も言われなかったので、問題なかったんだと思い、また退屈な自習に戻っていた。僕が知っているのはそこまでで、その後の書類の行方まで知らなかった。僕は、あなたが封筒に入れて持っていたんですよ、とはとても言えなくて、ちょっと分からないです、ととぼけた。しかし、データがマックに残っていることに気づき、

「分かりました、データが残っているのでもう一度印刷します。」

と言った。最悪なことに、僕にとっては何気ないこの一言が、彼の気を害してしまった。

「分かりました、っていうのはどういう意味や?」

彼の表情が少し堅くなり、緊張感が増した。彼は暴走する自分を必死に抑えるかのように、大きく深呼吸をした。そして、僕を見つめながらゆっくりともう一度言った。

「分かりました、っていうのはどういう意味や?」

僕は動揺を隠せなかった。

「いえ、別に深い意味なんてないです。ただ、僕は書類の場所を知らないので、印刷するしかないな、と思っただけです。」

すると急に、山本さんは中川さんの机の向こう側、つまり僕の机の2列後ろの席に歩いて行った。そして、僕をもの凄い形相で睨みながら、力いっぱいその机をたたいた。ドーンという音と共に積み上げられた書類のいくつかが机から崩れ落ちた。

「お前はここに書類があるのを知っているんだろう。」

僕はあまりの予想外の発言に言葉を失ってしまった。そんな僕に追い打ちをかけるように、山本さんが言った。

「探すのがそんなにめんどくさいか!」

 確かに、その机には書類が散乱しており、もし、その中に探している書類があるのだとすれば、それは非常に骨の折れる作業になるたろう。だが、それはあくまでも、そこに書類があった場合だ。僕はそこが誰の席かも知らない。大体、彼はなぜ、そこに書類があると仮定しているのだろう。

「僕はその机に書類があるかどうかなんて知りません。僕は、まだ入社間もないので、その机が誰の席かも知らないんですよ。」

「・・・・・ほんまに知らないんやな。」
「はい」
「ほんまやな、信じるからな、信じるからな」
「はい」

 山本さんはフロアーに散乱した書類を拾いながら、じゃ、印刷してくれ、と呟くように僕に言った。一見落ち着いているのが、逆に怖かった。とりあえず、爆発せずにすんだが、この緊張感が爆発するまで続くのは間違いないと僕は思った。だが、今僕に出来るのは、書類をプリントアウトすることだけだった。

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